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村上春樹の真骨頂はエッセイに在り。走ることについて語るときに僕の語ること

目次

はじめに

村上春樹の「走ることについて語るときに僕の語ること」という本を読みました。

きっかけ

この本を読んでみようと思ったのは、

個人的に週1程度で走っていることもあったし、この本は走ることについて語るだけでなく、もっと彼の人生観や小説家としてのスタンスが垣間見える内容だと耳にしていたから。

書評と抜粋

実際に読んでみると、ただ走ることにフォーカスしてる訳ではなく、村上春樹自身の性格・気質を深く掘り下げた内容になっているのがとても面白い。

読み終えて、印象に残る部分がいくつかあったけど、冒頭の下記抜粋のところが記憶に残ってる。

あるときパリのホテルの部屋で寝ころんで、

インターナショナル・ヘラルド・トリビューン紙を読んでいたら、

マラソン・ランナーの特集記事がたまたま載っていた。

何人もの有名なマラソン・ランナーにインタビューして、

彼らがレースの途中で、自らを叱咤激励するためにどんなマントラを

頭の中で唱えているか、という質問をしていた。

なかなか興味深い企画である。

それを読むと、みんな本当にいろんなことを考えながら、

42.195kmを走っているのだなあと感心してしまう。

それだけフル・マラソンというのは過酷な競技なのだ。マントラでも唱えないことにはやっていけない。

その中に一人、兄(その人もランナー)に教わった文句を、走り始めて以来ずっと、

レースの中に頭の中で反芻しているというランナーがいた。

Pain is inevitable, Suffering is optional.

それが彼のマントラだった。正確なニュアンスは日本語に訳しにくいのだが、

あえてごく簡単に訳せば、「痛みは避けがたいが、苦しみはオプショナル(こちら次第)」ということになる。

たとえば走っていて「ああ、きつい、もう駄目だ」と思ったとして、

「きつい」というのは避けようのない事実だが、

「もう駄目」かどうかはあくまで本人の裁量に委ねられていることである。

この言葉は、マラソンという競技のいちばん大事な部分を簡潔に要約していると思う。

Pain is inevitable, Suffering is optional.

痛み自体がそこにあることは絶対に動かしようのない事実だけど、それを苦しい、きついと感じて、辞めるかどうかはすべて自分の裁量に委ねられてる。

走ることだけに限らず、なかなか重みのある表現に感じる。

「神は超えられる試練のみ与える」とか、「努力すれば夢は叶う」とかそういう意味では捉えてない。それとは違う。

さいごに

村上春樹はエッセイがおすすめです。

青熊